- 2025/10/27
- 役員退職金の損金算入と功績倍率の妥当性~法人税法上の取り扱いと実務対応の重要論点~
2025年10月27日発行
1. はじめに
役員退職金の支給は、法人にとって多額の支出となる一方で、法人税法上の損金算入が認められれば大きな節税効果があります。しかし、税務上は「その金額が社会通念上相当かどうか」が常に問われており、過大な金額については損金不算入処分を受けるリスクがあります。
今回は、法人税基本通達、実務上の功績倍率の考え方、判例、チェックポイント等を総合的に整理します。
2. 損金算入の基本要件(法人税基本通達9-2-32)
役員退職金の損金算入には、以下の要件をすべて満たす必要があります。
【要件】
① 実質的な退任
名目的でなく、実際に役員としての職務から完全に退いていることが必要です。代表権の喪失だけでなく、経営への実質的な関与もなくなっているかが問われます。
② 支給額の妥当性
社会通念上相当な金額であること。同業同規模法人との比較や功績倍率の妥当性が検討されます。
③ 決議の手続
退職金の支給は株主総会の決議をもって決定される必要があります。金額の具体的な明記が望ましいとされます。
④ 支給の時期
原則として退職のあった事業年度内、または退職後相当の期間内に実際に支給されていること。未払計上のみではリスクがあります。
3. 功績倍率法と損金算入上限の算定
■ 功績倍率法(一般的な算定式)
退職金額 = 最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率
この算定方法は、税務当局や裁判所でも妥当性を検討する際の基準として広く用いられています。
■ 功績倍率の目安(実務水準)
・代表取締役
2.0~3.0 上場企業水準や経営再建実績がある場合は3.5倍まで認められた例もあります。
・常勤取締役
1.5~2.5 企業規模や役割に応じて調整されます。
・非常勤取締役
0.5~1.0 貢献度が低いと判断されればさらに低い倍率が妥当とされることもあります。
この功績倍率によって導かれる金額が、損金算入の上限額として扱われるのが実務上の慣行です。
4. 過去の裁判例と税務否認事例
● 東京高裁 平成23年3月30日判決
功績倍率4.6倍の退職金支給について、「社会通念上高額すぎる」として一部損金不算入が認定された。
● 東京地裁 平成14年7月19日判決
功績倍率3.5倍の退職金支給について、長年の勤続と経営貢献を踏まえ、適正と認定され損金算入が認められた。
● 東京高裁 平成19年7月11日判決
再任後1年未満での退任により退職金を支給したが、実質的には退任していないとして、全額損金否認された。
判例から読み取れるのは、金額だけでなく実質的な退任や職務内容、支給の背景まで税務当局は詳細に検討しているという点です。
5. 実務上の確認ポイント(チェックリスト)
チェック項目
□ 実質退任か
名目的な退任(例:役職変更のみ)ではなく、実質的に経営から完全に退いていることが重要です。
□ 株主総会で金額が明示されているか
議事録に具体的な金額または算定根拠を記載することで、後日の立証が容易になります。
□ 支給時期は適正か
退職年度内の支給が望ましく、未払処理のみは否認されやすくなります。
□ 他社との比較を行っているか
帝国データバンクなどの情報を活用し、同業種・同規模法人との比較資料を残しておくと有効です。
□ 役員退職金規程は整備されているか
内部規定が整っていれば、算定の客観性を確保しやすくなります。
□ 支給対象とする役員の功績を明確にしているか
数値実績や在任中の改善・成長指標などがあれば、功績倍率の妥当性を補強できます。
6. 税務リスクと対策
・過大認定による損金否認
社会通念上の水準であることを立証できる準備(功績倍率の根拠、同業他社比較など)を整える。
・退職の実態が不十分
退任時には代表権・職務権限のすべてを放棄することが望ましい。顧問等で関与を継続する場合は慎重に。
・手続上の不備
株主総会議事録、退職金規程、支給明細書など文書化された証拠を残すことが重要。
7. おわりに
役員退職金は、法人税法上の大きな節税手段であると同時に、損金算入の可否が調査時に必ず問われる重要論点です。
適正な退職金支給のためには、以下の3点が特に重要です。
・金額の妥当性(功績倍率の妥当性、比較資料の整備)
・実質的退任の証明(役職・権限・実務関与の喪失)
・手続の適正性(株主総会の決議、社内規程の整備)
これらを事前に整えておくことで、税務調査での否認リスクを大幅に軽減することが可能です。






















